とちの木の実

俳誌に連載中のエッセーと書評

九月のMuse’e句会

ようやく秋めいてきました。古九谷美術館のカフェ「茶房古九谷」での句会。

花茶をいただきながらまずは、投句です。写真のように一句づつ紙に書いて作者がわからないようにシャッフルすることになります。

その後、手分けして清記。清記したものを回覧しながら好きな句を選びます。五句投句して五句選です。お茶の中の枸杞の実がおいしい。

選句の終わったところで、水出しの加賀棒茶とお菓子。銘は「山苞やまづと」です。とっても美味しかったです。良い栗使ってますね!

さて選句の結果は

三点句

石仏の顔の落ち葉も拝みけり  中井

 

石仏のお顔に貼りついた落ち葉も、もろともにおがむ。 俳味があります。

ひと夏を生きて働きつくした落ち葉だって尊いとおもいますし。和やかな風景です。

 

赤のまま一つ離れて色の濃く  おるか

 

家の前の風景そのままの句ですが。群生しているところからちょっと離れた一本の色が濃い気がしたので。

 

屠らるる羊の瞳秋の月   東出

 

モンゴルに個人旅行なさった旅吟だそうです。お客様が来たからと群れの中からあっさり一頭選んで川のそばにつないだ。明日は屠られるその羊と目が合ったそうです。

モンゴル紀行の句はどれも臨場感があっていい句でした。作者にとって印象の強いご旅行だったのでしょう。

 

黄昏に客のため羊屠る男(ひと)  東出

 

大草原の黄昏に羊を屠る。見事な達人技で、一瞬で死なせ、あっという間に解体調理だそうで、すさまじいけれど美しいまでの光景だったとか。

モンゴルの草原には竜胆や吾亦紅が咲いていたそうです。花野ですね。星もきっといっぱいなのでしょうね。行ってみたいけど…、やっぱり解体直後は無理かも。

 

午後の秋蝶あとがきのようなもの  roca

 

「あとがきのようなもの」って、何ですか、と聞かれても困るけど、感覚的に好き。

午後の悲しみ、というものがあります。今日の日もすでに傾きかけているという認識。しかも秋、そして秋の蝶は、これはもう儚い命の先が見えて哀れです。

一冊の物語を読み終えて後書きに入るのは、思い出を振り返るにも似ています。午後の秋の蝶の姿は逝く夏の惜別にはたはたと羽打つ。

 

黄落の時きて時の去りしあと   山椒魚

 

黄落という季語好き。銀杏並木や欅など高木に多い気がします。そして、落ちる時を決めていたかのように一斉にはらはらと散りますね。そして黄色は黄泉の色。

柿本人麻呂のうたに、亡くなった妻への一首があります

秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めぬ行方しれずも

黄一色の山道に迷ってしまった愛しい人。美しい。黄落というと思い浮かべる歌です。

 

火恋しと火鉢に袖を焦がするよ  松田

 

火恋しは、冬の季語とするお考えの方もいらっしゃいますね。そうなると火鉢は季重なりになってしまうかもしれませんが、火鉢というものも懐かしい。

 

九谷焼美術館が休館中のカフェに集まるのが秘密めいて楽しいこの句会も一年になりました。みなさんとてもうまくなりましたね。感心しました。