とちの木の実

俳誌に連載中のエッセーと書評

Muse'e句会十一月

凍山烏龍茶とお菓子銘「うつろひ菊」今年のこの烏龍茶は特によくできたとのこと、確かに標準な味わいでした。

五句+α出句、五句選です。かなりばらけました。

 

小春日和ティラノザウルス欠伸する  forgettmenot

 

狂暴の代名詞みたいなティラノザウルスさえもつい欠伸しちゃうようなうっとりするような小春日和。

恐竜も、ある日突如として絶滅してしまったけれど、それまでに、こんなのんびりした一日があったのかもしれません。だったら良いな。

 

心柱どこにも触れず冬北斗   おるか

 

日本の塔の中心の心柱は、がっちり建付けているわけでなく、遊びがついていて、地震の揺れをうまく散らすというか逃がす。柔構造というわけですね。

無重力で浮いているわけではないのでどこにも触れていないわけではありませんが、耐震、というより制振構造。日本古来の建築は非常に考え抜かれています 。

不動の北極星を示す冬空の北斗星と地上から佇立して天空を差す塔の心柱。何か響くものがある気がして。

 

塵の世に吹く凩の長途かな  ともこ

 

俗塵にまみれたこの世を吹き抜けて遥かへと向かう凩。さびしくもあり、しかし希望も少しはあるのかな。

 

瀬に捨てし声はいずくへ朴落葉  ともこ

 

論語にも川の流れに「逝くものは斯くのごときか昼夜を舎かず」とあります。流れゆく水のようにこの世は一時もとどまらず過ぎ去ってゆく。その早瀬に発した自分の声は何処へと消えてしまったのか。カサコソと降り来る落葉の中流れに向かってしばし佇む。詩的な直観の感じられる一句。

 

本棚の本をへらして時雨けり    恭子

 

あ~わかる。本減らそうかなと思ってもなかなかできませんけどね。本棚を買って、これでゆったり収納できるかなとおもうと、なぜかすぐいっぱいになってしまっている。不思議です。

どうにか苦労して本を減らしてもやはり一抹の寂しさはぬぐえない。そこへ折しも時雨が通り過ぎる…わかる。

 

 

山茶花や尼僧の持てる小風呂敷  恭子

 

慎ましく法衣に身を包んだ尼僧の持つ小さな風呂敷。そこにはほんの少しかもしれませんが、色があるのでしょう。大風呂敷じゃこまります。小風呂敷が妙に色っぽい。きっと山茶花のごときうるわしい尼僧さまでいらしゃったのでしょう。

   山茶花の花のようなうう句しい尼僧の姿が想像されます

 

 

Mus'ee句会十月

めっきり秋らしくなりました。十月ですものね。

さて今月は、どんな句にであえるでしょう。

まずは高点句から

イスタンブールにて

 山積みの柘榴絞りて売る屋台   forgettmenot

 

forgettmenotさん、今回の句はすべてトルコ旅行の旅吟でした。行ってみたいなトルコ。文明の十字路。トプカピ博物館の染付の大皿見に行きたいものです。

 

水澄みて空に空色まさりけり  恭子

 

私は、水に映った空に空色がより深く見える、ということか、と思ったんですけど、作者の意図は別なんだそうです。うーん。

 

知らぬ間に声遠ざかる残る虫  おるか

 

虫の声ほとんど聞こえなくなったこの頃です。この間まで、あれほどかまびすしく鳴いていたのに。おもえば儚いものです。何の芸もないそのまんまの句ですね。

 

ボスポラス隔つ東西鴎飛ぶ   forgettmenot

 

オリエントと言いオクシデントと言い、なにかと違いを言い立てて、果ては戦争まで何度となく繰り返してきた人間の歴史。東西の文化を隔てる海峡を鴎は自由に飛んでいる。

トルコのお料理もすっごく美味しかったとか。コーヒーも風味が良くて、果物も蜂蜜も最高だったそう。ヨーグルトも。

 

カッパドキアにて

秋暁に数多の気球いっせいに   forgettmenot

 

カッパドキアは気球の聖地だそうですね。カラフルな気球が空を埋めて、それはきれいだったそうです。カッパドキアの朝の空、見てみたい。

 

終の栖か朝顔の種採りて  おるか

 

われながらちょっと臭いかな。朝顔の種を取るなんてささやかなことが、ちょっとうれしかったりする人生なんて、無意味なんじゃないかと思ったり、それが良いのだと思ってみたり、どちらにしろ儚い。

 

松手入れ鋏の音のたしかなり  恭子

 

「確かなり」の断言がやや強く当たるような気がしましたが、作者は素人のポチポチ切る音と比べて、職人のはさみの音は、確かさが違うと感心したのだ、とのこと。

なるほど、そういわれてみるとそうなのか。

さて、来月はもう冬ですね。北陸の長い冬がもう始まるのか。

 

Mus’ee句会 九月

九谷焼美術館の句会、メインのお菓子、このほかに熱いの冷たいの、のお茶にブルーベリーアイスがついて、器もお匙もいろいろ楽しくて、嬉しい句会です。

 

さて、今回の高得点句は

 

馴染みある青大将の惑ひをり  おるか

 

いやはや青大将の句が、最高得点とは!?。ユーモアのつもりなんですけど。

 家の周りでよく見かける青大将くん、里巡りとも呼ばれて、家を守ってくれるといわれていますね。図体は大きいけど、おバカなんですよ。水道のメーターの箱に入っていて検針の係の方を「ギャーッ!」と言わせたりしてましたが、最近は大きすぎて丁度いい越冬の場所を探すのに苦労しているらしく、雨樋の排出口を覗いたりしているので「そこは、だめだろ!」と思わず声をかけちゃいました。

 

稲妻や過去いきいきと立ち上がり  恭子

 

稲妻の一瞬に立ち上がる様々な過去の思い出。立つを「顕つ」でも良いかと思いましたが、普通の「立ちあがる」の方が、現実の人が立ち上がるような臨場感がありますね。

 

櫛の歯に残る華髪や秋の宵  forgettmenot

 

髪に関しては、秋だと木の葉髪などの季語がありますが、”華髪”なのが、良い。「残る白髪」だったりしたら句になりませんものね。語彙は多いにこしたことはありません。

華髪は花眼同様、老眼や白髪というより肯定的で美しい表現ですね。

ただ、「秋の宵」がちょっと、動く、かな…?

 

他に心惹かれた句もいろいろありました。

 

底紅に日かたぶく人住まぬ家  ともこ

 

底紅は宗旦木槿のことですね。木槿の品種は様々ありますが、宗旦木槿は茶人の好むところです。奥ゆかしく住み慣わしていらした方がいなくなった家。紅深い花を掲げた木槿だけが一日だけの花を咲き継いでいる。夕日のなかに萎れかけた花の色がひとしお映える。美しく哀れ深い一句。

 

鬼灯の点る山雨の音の中  ともこ

 

静かに続く山の雨に鬼灯がひそやかに朱色の明かりをともす。さりげないけれど心に残る、とある日の情景。

 

藤棚の青実垂るるを人過ぎし  forgettmenot

 

花のころは誰しもが見上げた藤棚。青い実が垂れていても誰も気にも留めず通り過ぎる、と、いう句だそうです「。

「藤の実」 という季語もありますね。そちらを使って

藤の実の青く垂るるを過ぎにけり

と、ご自身のこととした方が直截で印象が強くなるのではないでしょうか。実の青さも強調されますし。

 

しゃべり過ぎ帰りに揺らす狗尾草  forgettmenot

 

「なんだかしゃべり過ぎてしまったかな」という思いに何気なく揺らしてみる狗尾草。こういう非常に淡い感情の揺れを捉えることが出来るのも俳句の特徴の一つかもしれません。

 

すうと来て鸛の啄む刈田かな  ともこ

 

こうのとりが飛来したのだそうです。飛来地として有名な兵庫県の豊岡からかなり離れていますが、だんだん北上しているみたいですね。見てみたい。

 

 

 

 

Mus'ee句会八月

今月も好きなお茶と二種類のお菓子の中から、私は冷玉露と蓮根羹(はすね かん)をえらびました。

蓮根羹は冷たく美味でした。蓮根大好き。

加賀蓮根は黒ずみやすいそうで、国内のどこかの蓮根らしい。ついでながら、加賀では、蓮根は滋養があるので、夏にはお団子にしたり、すり流しにして御汁にしたり、家庭でも蓮根羹をつくったりしていたそうです。それが、某社が「「蓮根羹」を登録商標にしてしまったので、そこ以外の和菓子屋さんはその名称を遣えなくなって、蓮根羊羹と呼んだりせざるを得なくなったのですって。レンコンカンということにしてはどうでしょうか

さて、句会ですが、今回は体調を崩される方もいらして、三名しか集まることが出来ませんでした、ちょっと寂しいけどしかたありませんね。早くお元気になられますようお祈りしております。ですから、最多得点でも2点なんですよね。

 

白秋の心許なき花眼かな  forgettmenot

 

五行思想で秋の色は白、白秋になる。春が青で青春ですから、朱夏の壮年を過ぎて白秋は人生の秋ってわけですね。詩人の北原白秋ではありません。

花眼は、ありていに言えば老眼というか、衰えてきた目のことですが、美しい表現ですよね。白髪のことを、華髪(かはつ)、華やかなかな髪というのも同様です。齢を重ねるのは美しいという認識、なかなかいいですね。

 

柑橘類のジェラートが出たので、兼題を「氷菓」にしました。夏の季語ですがまだまだ暑いので。

 

不知火の氷菓含みて風をみる   forgettmenot

 

一せん(戔のしたに皿)の氷菓不知火ひとしづく  orca

 

恋とはもう思ひだけのシャーベット  恭子

 

不知火は春蜜柑の品種で、熊本果実連では登録商標を「でこぽん」にしているそうです。酸味と甘未の奥に仄かな苦みもあって美味しい柑橘類ですね。

 

冷たいシャーベットを含めば、すずしく風が見えるようだ、というforgettmenotさんの感覚、共感しました。

orcaの句は不知火が柑橘の名前だということを伏せて、氷菓のうつわに不知火を盛ってみようかという見立て(?)。涼し気かな、と思ったもので。

恭子さんの句は、苦みが強調されてるみたいですね。

 

秋暑し坂に雌雄のあるさへも  おるか

 

なにごとにでも男、女の区別だてをするのってうんざりしませんか。あたかも相反するもののごとくに。えーい、暑苦しいわ!って感じ。

 

ほおずきを自在に鳴らす昔かな  恭子

 

鬼灯を鳴らすのが御得意でいらしたんですって。私はやったことがないし、周りでやってる人を見たこともなかったんです。本当に音がでるんですってね。どんな音なのか、うかがうのを忘れてしまった。

今日は子供の本の日ということで、昔読んだ本の話などして楽しかった。

来月には多少秋めいているでしょうか。

 

 

 

Muse'e句会七月

お茶は茉莉花茶、お菓子の銘は「川辺の蛍」だそうです。ほのかに金箔が散らしてありますね。蛍火なのね。

さて、まずは高点句

 

開き得ず終わる闇とも白芍薬  ともこ

 

芍薬は蕾のまま開かずに終わってしまうことの、ままある花です。つぼみの中に薄闇を抱いたまま。白芍薬の中の闇は薄闇でしょうか、真闇でしょうか。芍薬の香に充ちているのでしょう。耽美的です。

「 とも」が多少気になりますかしらね。作者もお考えになったところでしょうね。

 

灼ける街奇妙な果実唱う人  forgettmenot

 

[奇妙な果実」はビリー・ホリデーの名曲ですね。作者は、報道番組の中で、最近の反動的な警察官の対応に抗議する人がこの曲を歌っていたのを、御覧になって感銘を受けられたのだそうです。

私は、その番組は見ませんでしたので、勝手に「灼ける街」はビリー・ホリデーの時代のニューオーリンズかな.オペラ・ハウスを出た人々がフランス語で娼婦と話たりしてる爛熟と退廃の街…なんて想像しましたが、あまかったですね。

ちょっと前より反動的だったり排他的だったりする昨今の傾向は、怖いですね。

 

若冲朝顔軒を離れつつ  おるか

 

江戸時代は朝顔造りも人気の趣味の一つでした。いろいろ凝った品種が作られたようです。若冲は様々な朝顔を描いていますけど、ほぼ白くて、そこに一刷け、二刷け鮮やかな紺色の走っている朝顔が、粋だなーと思って。そんな朝顔探しています。

軒を離れて、中空によろよろと延びてゆく朝顔

 

体内に大匙十杯の塩真夏  おるか

 

人体の中に塩は体重の0.35パーセントくらいあるそうなので、体重50キロだとちょうど大匙十杯分になります。

 

炎天の路地を過ぎれば弦(つる)の音  恭子

 

 金沢のお茶屋街かな。粋な街並みの路地が目に浮かびます。きっと打ち水などしてあることでしょうね。

 

美術館内にも心地よい大きさで弦楽器の曲が流れていました。Bachのシャコンヌかな。

さて来月の句会は八月末、もう秋になるんです。

 

 

 

 

Muse’e句会六月

今回も又きれいなお菓子と宇治の煎茶。お菓子の銘は『紫陽花』露を宿したかに透明な寒天(?)が入っているのがことのほかきれい。

蕾は夏椿、沙羅です。

 

なつ椿落花を急ぐおのづから  恭子

沙羅の花絵を描くやうに文字を書き  恭子

作者のお庭に大きな沙羅の木があって、今年は良く咲いたそうです。開いた花がその日のうちに真っ白に散り敷く、美しくも儚い花なのだそう。平家物語の「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色盛者必衰の理を表す云々」と歌われたのも、それほどあっさり散ってしまう、この花の儚さをよく知っていたからなのでしょう。インドの本物のサラノキはかなり地味っぽいようですね。

 

・噛むほどに小雨淋しき鱧の肉   ともこ

 

小雨は心を内向きにしますね。骨切りされた鱧を噛むうちに生きるものの哀しさがだんだんこみあげてくる。

他者の命を戴かなくては生きていけない業というものの苦しさ。あれほど骨をいっぱい作って必死に生きようとしていたのに食べられてしまうものの哀しさ。同席している方に「なんか浮かない顔してるね」といわれたら「淋しい雨だな、と思って」なんて答えるのでしょうか。

 

空低く青田に映る戦闘機  forgettmenot

 

戦闘機の姿は近くで見ると恐るべき威力を持っているだけに迫力があります。鋼鉄の塊が宙に浮いているのが改めて不思議に感じられます。着陸しようと地面に近づいてくるとひときわ狂暴な力の恐ろしさと一種の美しさに打たれます。

青田に空が映る景色を詠んだ句はいろいろありますが、戦闘機と取り合わせたのは初めて見ました。印象鮮明、戦争の絶えない昨今の時代性もあり、いい句だと思いました強いて言えば「空低く」がやや曖昧かな。

 

ふりむけばキャラメルという薔薇香る  forgetmenot

 

市内の薔薇農家さんの作出した花だとか。世界中で愛されている薔薇は、次々新しい品種がうまれているようですね。ちなみに香りは普通に薔薇の香りだそう。

 

青嵐やカデンツァ響く音楽堂  forgetmenot

 

転載の呼び声高いピアニスト門野隼人の演奏会で、カデンツァ部分を即興演奏なさったとか。一期一会の目くるめく超絶技巧に聴き入ったとのことでした。天才って凄い。

 

砂を踏む音撫でてゆくあいの風  ともこ

 

砂を踏むかすかな音と風が砂の表面を拭く過ぎるかすかな音。かすかな音同士が重なり合い風音が踏む音をなでているようだ。みみがよくていらっしゃるのでしょうね。そんなひそやかな音の重なりが日本海側に吹く夏の風、「あいの風」のやさしさをかんじさせてくれます。

 

 

 

 

 

Mus'eek句会五月

網代の折敷が季節感ですね。お菓子の銘は『卯の花」庭にも咲いています。清少納言が牛車いっぱいに飾ったという花ですね。

まずは高点句から、

 

闇解けて薄墨色に首夏の庭  恭子

 

昧爽の光景でしょうか。夏の夜の真闇が解けてお庭の佇まいがうっすらと現れるひととき。日の出前の涼しさがただよいます。夏も初めのころの空気感が感じられます。

同じ作者に、こんな句も。

 

夏きざすたまに良き事言ふをんな  恭子

 

ギャップが凄い。もう一句

 

ぼうたんや紅極めたるおのずから   恭子

 

若葉いま一人かずら橋の真中  ともこ

 

かずら橋は四国が有名ですが、他にも大きさもさまざまなかずら橋が各地にあるらしい。作者のお住まいの近くの一つだそうですが、あまり長くはないけれど揺れる、そうです。

 緑のなか、一人橋の真ん中にたつ。涼しそう。怖そう。

今回この作者は地名しりーずでした。

 

雨香る宇陀の一日の若葉かな ともこ

雨晴れて煌めく日野の麦穂波  ともこ

 

日野と言えば滋賀県が思い浮かびますが、東京都下に日野市がありますし、案外あちこちにある名前なのかもしれません。作者のお住まいの近くにも日野があって、麦の穂にキラキラと雫が輝いていたのだそうです。

地名ヲ詠むむずかしさですね「宇陀」は成功していると思いましたが,日野はややまぎらわしかったかな。

 

筍や糠のあぶくに浮き沈み  東出

 

あぶくのなかアップアップしているタケノコの姿に何科人生的な共感を覚えますねー。毎回おいしそうな句を発表されるこの作者、今回はタケノコでした。まず、ほりだすところから始まるのが凄い。

 

 

フラワームーン蒔かれた種は目を覚ます  東出

 

フラワームーンは五月の満月、この日に蒔くと発芽率が良いのですって。

そういえば、今年蒔いた種は、あまり芽を出してくれませんでした。来年は、月齢をチェックして蒔くことにしましょう。ついでですが苗は新月が、活着するとか。

 

私の句は、時間がなくて、面目ないことにネット句会の方にも同じくを出してしまったので、そちらでご覧ください。

 

   おるか